1. ゲートからやってきた少女

 それは今から6年前の事でした。冒険家のシュレットとロジャーは冒険飛行の最中、遥か空の彼方より、眩い彗星のような光がヴェクスターデン地方の都市部に落下するのを目撃しました。彼らはその落下地点に向かい、センタースクエア周辺を捜索していましが、一向に手掛かりは掴めずにいました。

「シュレット。本当にこの辺りなのか?」

「ああ、落下地点はここで間違いない」

「もし彗星なら、この辺りは既にクレーターになっている筈だぜ」

「だが、クレーターなど何処にも無かった。彗星で無ければ.....調べてみるしかあるまい」

「本当に大丈夫か? 公社の罠かもしれないぜ」

 シュレットが立ち止まりました。ロジャーは不思議そうにシュレットの方を振り返りました。

「おいシュレット、どうしたんだ?」

「聞こえないか?」

「....ん? 何がだ?」

「泣き声だ。こっちの方だ」

 二人は目の前にある石造りの建物....アクルックス観測所の内部へ入って行きました。螺旋階段を上っていくと、かすかに聞こえていた鳴き声が、確かに女の子の鳴き声である事がはっきりとわかりました。

「おいシュレット.....こいつは得体が知れないぜ。罠かもしれねえ」

「引き返すかね?」

「いいや!この目で確かめるまでは帰らないぞ。絶対にだ」

シュレット達は螺旋階段を最上階まで登り切り、広大な円形のホールに辿り着きました。 ホールの中央に佇むクラックスの傍で.....遂に泣き声の主を見つけました。

 そこには幼い女の子が立っていました。美しい金髪、純白のワンピースを着て、背中には小さな翼が生えていました。 長らくこの地を冒険してきたシュレット達にとって、初めて見る本物のソーラス人だったのです。 ソーラス人の女の子は、既に動力が底を付く寸前のクラックスの目の前で、あんあんと泣き叫んでいました。

「なんという事だ.....」

 シュレット達はあまりの驚きで、暫く言葉を失ってしまいました。 クラックスはやがて動力を完全に失い、完全に沈黙しました。

 ―シュレット達の今回の冒険飛行は、この女の子の出現によって打ち切りとなりました。 帰路、シュレットの横でソーラス人の女の子は疲れ切ってすやすやと眠っていました。 シュレットは、女の子が手に持っていた唯一の所有物である、羅針盤を眺めていました。 裏側にはソーラス語のものと思われる文字が刻まれていました。シュレットは羅針盤を逆さまにして、ようやくその意味を解釈する事が出来ました。

"Ribet.B.Flonel"

 その様子を見ていたロジャーがやって来ました。

「....どうするんだ? シュレット。お前さんの2人目の孫娘にするのか?」

「ああ.....そのつもりだ」

「あの小生意気な娘に、いじめられるんじゃないか?」

「レティはああ見えても優しい子だよ。きっと向かい入れてくれるだろう。妹を欲しがっていたからね」

「で、その天使ちゃんは何て呼ぶんだい?」

「.....リヴェットだ」

 シュレットはこの女の子に、羅針盤に刻まれた"リヴェット"という名前を付ける事にしました。 それがいつしか、クラックスと、そしてソーラスの謎を解く鍵になると期待して......。


2. 星を渡る旅人

 ルシーア号はオルカからソルガルト島へ向けて、南東の航路を真っ直ぐに進んでいました。 寝室のベッドの上で、リヴェットの膝の上にアトリアがちょこんと座るような恰好で、二人はユーゴ・ルイバーグ詩集の解読を進めていました。それはまるで、親が子供を抱えて本を読むような姿で、リヴェットは少し気恥ずかしさを感じましたが、 アトリアとこうして傍にいると、これから訪れるであろう苦難、大きな不安を忘れる事が出来ました。

「アトリアちゃん。そういえば.....とても気になっている頁があるの」

 リヴェットはそう言うと、85頁の詩を開きました。

 指差した頁の挿絵には、夜空一面に広がる星空の元を、美しい白い翼と、アトリアが着ているものとよく似た純白の衣装を身にまとったソーラス人の女の子が、手を広げながら歩いている姿が描かれていました。

アトリアは直ぐに、リヴェットがその女の子が気になっている理由に気がつき、驚愕しました。

「リヴェット!この子は、リヴェットと同じ羅針盤を持っています!」

 そのソーラス人の女の子は、リヴェットが持っているものと同じ形の、小さな羅針盤を首から下げていたのです。

「うん。これじゃまるで....私にそっくりだね」

 リヴェットは誤魔化すように苦笑しました。しかしその表情には、困惑が隠せませんでした。

「リヴェット。これはきっと何かあるに違いありません!」

 アトリアはそう言うと、前かがみになって詩をリヴェットに読み聞かせました。


-星を渡る旅人-

夜空に輝く星空を 渡り歩く旅人は
小さなコンパスを片手に 流星に乗ってやってくる

美しい瞳を輝かせ 夢と希望を胸に抱き
私達の世界にやってきた

星を渡る旅人 フローネル
その可憐な歌声は 星空の下に響き渡る

夜空に輝く星空を 渡り歩く少女は
白き翼をなびかせて 流星に乗って去っていく

風に翼をなびかせて 夢と希望を私達に与え
新たな世界へと旅立って行く

星を渡る旅人 フローネル
あの可憐な歌声は 星空の彼方へ消えていく


  ....フローネル。リヴェットはその響きに、とても懐かしさと親しみを感じました。 リヴェットは首から下げている羅針盤を手に持って、哀しそうな目で眺めながら言いました。

「.....アトリアちゃん。私ね、おじいさまに拾われる以前の記憶が無いの。 だから、どうやってソーラスで一人、生き延びていたのか。どこから来たのか....全然分からないの」

「リヴェット.....」

 アトリアはリヴェットを心配そうに見つめました。


3. 追撃者

 リヴェット達がオルカを出発した次の日の夕方の事でした。 リヴェットはルシーア号の展望室から黄昏に染まるソルガルトの雲海を眺めていると 突然、アトリアが目の前に現れました。

「リヴェット!大変です!」

 あまりにびっくりして、リヴェットはその場に倒れてしまいました。

「ご....ごめんなさい」

「ううん、大丈夫。アトリアちゃん、どうしたの?」

「リヴェット!大変です!後方から中型の戦艦が接近中なのです!」

 リヴェットは大急ぎでデッキに向かいました。既にそこにはR.クラークの姿がありました。 前方のホログラム・スクリーン上では、片方にはマップが表示され、ルシーア号の後方に5つの赤い印が点滅しています。 そしてもう片方のスクリーンには、流線型をした黒い戦艦が映し出されていました。 R.クラークが言いました。

「あれは....シャーレック!どうやら、公社が網を張っていたようです」

 ホログラム・スクリーンにルシーア号特有のソーラス語の警告表示が現れました。アトリアが言いました。

「向こうからから通信が.....」

 シャーレック号は、ルシーア号にコンタクトを取ろうとしていました。 暫くの沈黙の後、R.クラークが言いました。

「......繋げましょう、リヴェット様。ですが、相手はあの公社です。受け答えは慎重に....」

「うん.....アトリアちゃん、お願い」

「はい」


 通信が確立すると、ホログラム・スクリーンには顔半分、いや左半身がサイボーグされた不気味な青年の姿が現れました。

「.....君とは初対面だね。噂通り、可憐な天使のような女の子だ」

 リヴェットは初めて見る公社のサイボーグ兵の姿に恐怖を隠せず、震えていました。

「私はシャーレック艦隊の司令官、トラヴィス中佐だ。 オルカ地区より1機の謎の飛行物体が海を渡ってソルガルト地区へ侵入するのを、非常に高性能なレーダーでようやく捉える事が出来たのだ。 .....そしてそれは、間違いなく君だと分ったよ。そこで、この空域で君が現れるのを待っていたのだ」

 暫く間を置いて、再びトラヴィスが口を開きました。

「我々の要求は、きっとお分かり頂けている事だろう、エンジェル。君達が今すぐ投降すれば、手荒な事はしない」

「....トラヴィスさん。私達は、答えが知りたいんです。どうしてソーラスが....世界が、こんな哀しい姿になってしまったのか、ソーラスのみんなが何処へいってしまったのか.....」

「残念だが、君にそれを知る権利は無い。もとより、知る必要が無い」

「どうして....どうして皆さんは、外の世界を....あの美しい青い星を、私達から隠すのでしょうか?」

「君らが知ってはいけない事だし、知る必要も無いからだ。さあ、大人しく投降したまえ。素直に応じれば、君も、そして君の家族も、無事にウェレンスヴァニアに帰る事が出来るだろう」

「レティ.......?」

 リヴェットはウェレンスヴァニアで別れたレティシア達の事を思い出しました。 ずっと抱いていた不安.....公社に捕まってしまったのではないかという心配が、 現実のものとして目の前に迫ろうとしていました。

「教えておこう。我々の艦には、君の大切なお姉さんが搭乗している。 もし君の艦の妖精さんが我々を攻撃をすれば、彼女も巻き添えとなる」


 シャーレックからの映像が切り替わりました。ホログラム・スクリーンに映し出されたのは、監禁されたレティシアの姿でした。 レティシアからもリヴェット達の映像が見えているのか、レティシアがこちらを見て、満面の笑顔で喜んでいるのがわかりました。

「リヴェット....ああ、私のリヴェット。久しぶりにお顔が見れましたわ.....」

 それは久々に聴いた、可憐で美しい、しかし少し騒々しいレティシアの声でした。リヴェットは嬉しくて、思わず涙が込み上げてきました。

「レティ....良かった......無事だったんだね!」

 レティシアは直ぐに深刻な表情に戻り、リヴェットに言いました。

「聞いてリヴェット! 絶対に投降しては駄目ですわ! あいつらは私をダシにして、あなたの命を狙っているのですわ! お願い!直ぐにそこから逃げて!」

「おい貴様!黙れ!」

 衛兵達が現れ、レティシアを荒々しく取り押さえると、口にテープのようなものを張り付けました。レティシアは暴れながら抵抗しました。

「ふがふがー!」

 リヴェットは思わず手で視界を覆い隠し、悲痛に叫びました。

「やめて!お願い....レティに乱暴しないで!」

 リヴェットは今にも泣きそうでした。

 ―映像が再びトラヴィスに戻りました。トラヴィスは依然と冷淡な表情で言いました。

「5分間だけ待とう。君の優しさに期待している」

 シャーレック号からの映像が、ホログラム・スクリーンからフッと消えました。


 ―通信終了後、トラヴィスは直ぐに命令を下しました。

「戦闘艇は全機、直ちにルシーア号の攻撃可能距離まで接近しろ。補足次第、これを撃墜せよ」

 ライラが驚いて口を挟みました。

「中佐、5分の約束だったのでは?」

「あれは時間稼ぎだ。我々の為のな......」


 ―暫くしてから、R.クラークが意味深な事を言いました。

「リヴェット様。公社とは本来、人類を守る為に作られた組織です。 少なくとも、彼らの手中にある者に危害を加えたり、命を奪うような事はしません。 今、彼らにとって最も脅威であり、そして排除対象なのは私達の方です」

 しかし、リヴェットはレティシアの事が心配で、R.クラークの言っている事が全く頭に入っていませんでした。 困惑するリヴェットに、アトリアが近づいてきて、優しく手を触れるような仕草で言いました。

「リヴェット、どうか落ち着いて。ウェレンスヴァニアで、レティシア様が別れ際に叫んだ言葉を、思い出して下さい」

「......もし、どうしても迷った時には、真っ直ぐ前に進む.....絶対に振り返っては駄目」


 ―捕われたレティシアは一生懸命リヴェットに語り掛けようとしました。

「ふがふがふが.....(私のリヴェット。あなたは優しいから...きっと迷っているのね。でもお願い、もう時間がありませんの。 私の言葉を思い出してね)」


 ―戦闘艇からシャーレックに連絡が入りました。

「中佐!ルシーア号がスピードを上げていきます。どうやら我々から逃げる気のようです!」

 レティシアは口封じされたまま、満面の笑顔で歓声を上げました。

「ふがふがー(偉いですわ!さすが私のリヴェット!)」

 トラヴィスは暫く俯いて何かを考えていました。そして....顔を上げると、その表情は冷酷で鋭い目つきに変貌しました。

「.....では仕方が無い。エンジェル。君はここで堕ちて貰おう。どの道、ここで落とすつもりだったからね」


 ―アトリアが慌てて叫びました。

「後方から戦闘艇が4機、急速接近中です。射撃用レーダー照射を受けています!」

「大変!」

 リヴェットは慌ててシートにつき、ベルトを固定しました。 R.クラークは何かを考えながら呟きました。

「....早過ぎる。やはり最初から落とす気だったのでしょう。リヴェット様の判断は正しかったようです」

「クラークさん!立っていると危ないですよ!」

「二人とも、しっかり捕まってて下さい」

 アトリアの入っているECRの輝きが一層増し、デッキをアクアブルーに染めました。 それに反応し、リヴェットに重力が圧しかかり、ルシーア号が急加速するのがわかりました。 しかし前方のホログラム・スクリーン上では、4機の戦闘艇とルシーア号の距離は詰められており、このままでは攻撃されるのは時間の問題です。

「加速が追いつきません。このままでは敵の射程に入ってしまいます」

 R.クラークが言いました。 リヴェットは不安な表情で、アトリアをずっと見つめていました。

「アトリアちゃん....」

 アトリアはぼーっと前方のスクリーンを眺めていました。 スクリーンには、ソーラス語の短い文章が表示されていました。 シャーレックからの通信の最後に、テキストメッセージが送られていたのです。

「あれは...ソーラス語? アトリアちゃん、何て書かれているの?」

「”NEBO-SYSTEMヲ起動セヨ”」

「NEBO-SYSTEM?」

 アトリアはリヴェットの方を向くと、何かを願望するような表情で言いました。

「リヴェット、お願いがあります。こちらへ.....私のECRへ来てください」

「.....うん」

 リヴェットは立ち上がり、揺れる船内を制御パネルに手をつきながら進み、 大急ぎで階段を駆け上がり、デッキの中央にあるECRへたどり着きました。 アトリアが入っているECRは依然とアクアブルーの輝きを放ち、それはとても幻想的な光景でした。

「どうぞ....こちらへ」

 ECRの透明のしきいが縦に割れて左右にゆっくりと開くと、人が入れる位の隙間が現れました。 リヴェットは不思議に思いながら、アトリアに誘われるままECRの中に入っていきました。 ECRが再び閉じられると、リヴェットの視界はぼんやりと輝くアクアブルーの世界に染まりました。 アトリアはじっと......深刻な表情でリヴェットを見つめながら言いました。

「リヴェット。これから、NEBO-SYSTEMを起動します」

「アトリアちゃん、それってもしかして.....」

 リヴェットは、出発前夜にアトリアから聞いた、ソーラス人の少女フランベルの話を思い出しました。 NEBO-SYSTEM。それは、人と機械がエンパス機関によって作り出される仮想次元によって融合する、ソーラス人の英知が生み出したテクノロジーの1つです。

「はい。フランベル様と同じように.....リヴェットが私と融合して、リヴェットの意思でこのルシーア号を操れるようにします。 私のエネルギーリソース全てをエンパスエンジンに集中すれば、ルシーア号の能力を最大限に発揮する事が出来ます」

「アトリアちゃん。私に....出来るかな?」

「はい。リヴェットなら....絶対に大丈夫です」

 R.クラークが叫びました。

「あと40秒で敵の射程に入ります!」

「もう時間がありません.....いきます!」

「うん....いいよ!」

「少しまぶしいので、目を閉じていて下さい」

 リヴェットは目を閉じました。 アトリアは少し照れた表情で、ゆっくりとリヴェットに顔を近づけてると、目を閉じて、額にそっと口付けしました。 リヴェットは初めて、アトリアの存在を肌で感じる事が出来ました。

 その瞬間、二人の間に眩い閃光が走り、二人の姿を完全に飲み込みました。 リヴェットは、とても暖かい何かに心が包み込まれるのを感じながら、次第に意識が遠のいていきました。


4. NEBO-SYSTEM

 リヴェットはゆっくり目蓋を開くと、それはまるで全く別の自分に生まれ変わったような感覚でした。 リヴェットの体はアトリアと同じ様に、穏やかなアクアブルーの光の帯に覆われており、アトリアと同じNEBOの紋章が記された不思議な衣装を身にまとっていました。 何が起きたのか、記憶を辿ろうとすると.....リヴェットが知らなかった筈のソーラスの言葉、ルシーア号、エンパスエンジンの制御やその仕組み.....あらゆるソーラスの高度な知識が記憶として存在している事に気が付き、驚愕しました。 それは、紛れも無くアトリアの記憶でした。リヴェットは心と体、そして記憶の全てが今、アトリアと融合したのです。

「リヴェット様.....なんと、お美しい」

 R.クラークが感嘆して言いました。 リヴェットはR.クラークの視線を感じて、少し恥ずかしい気持ちになりました。

 アトリアの声がリヴェットの心の中で響きました。

「(リヴェット.....エンパスエンジンを、NEBO-SYSTEMの制御に切り替えます。 これからルシーア号の航行システムはリヴェットの意思に委ねられます)」

「わ....私に出来るかな?」

「リヴェット.....翼を広げて、空を飛ぶ姿をイメージして下さい。大丈夫です、リヴェットなら絶対に出来ます」


 ルシーア号の青い閃光を放つエンパス・エンジンが一層明るく輝き、ルシーア号全体をブルーのオーラで包み込みました。光の帯がルシーア号の後方へと伸びていき、まるで流星のような姿に変貌しました。 それはNEBO-SYSTEMによって覚醒した、ルシーア号の真の姿だったのです。


 NEBO-SYSTEMによって、ルシーア号....アトリアの見ているビジョンがそのまま、リヴェットの視界に現れました。 黄昏に染まる空と、頭上で輝く青き星。そして、オレンジ色に輝く一面の雲海が見えてきました。 意識を集中していくと、そのビジョンは更に鮮明になり、自分自身の体が大空を漂い、自由に飛んでいるかのような光景が広がっていきました。

「凄い.......これが、アトリアちゃんが見ている光景なんだね。本当に、空を飛んでいるかのよう.....」

 リヴェットは後方を見渡しました。公社の戦闘艇が4機、近づいてくるのが見えました。

「.....大丈夫、私に任せて」

 リヴェットの意思に合わせて、ルシーア号のエンジンが一気に加速していきました。 あまりの速さに、戦闘艇はみるみるうちに引き離されていきます。

 その様子を見ていたトラヴィスは戦闘艇のパイロットを呼びました。

「一体何が起きている?」

「わ....分かりません。突然、ターゲットが急加速しました。凄まじいスピードです。とても追いつけません」

 ルシーア号の光の帯は更に遠くなり、小さくなっていきました。 やがて小さな流星の1つとなって、夜空の星に溶け込んでいきました。


 シャーレック号には重い空気が流れていました。戦闘艇から通信が入りました。

「敵機.....レーダーから消えました」

「.....戦闘艇を戻せ。”あれ”を起動されたら、もう誰にも追いつけはしないよ」

「了解です」

「だが、どうせ行き先は分かっている」

 トラヴィスは冷たい視線で、ライラを睨んでいました。


5. ヴィーナス・ベルト

 リヴェットとアトリアは、互いに手を取り合いながら、美しい日没の空を飛んでいました。 地平線の彼方へ沈んだ太陽からこぼれた光が、雲海を赤と青のグラデーションで鮮やかに染めていました。 夜空一面には星々が美しく輝いており、少し南側の空には、NEBO....あの青い星が雄大な姿で、二人を見下ろしています。 東側の空の地平線に沿って、弧を描くように地球雲のヴィーナス・ベルトが輝いていました。 あまりにも幻想的で美しい体験に、リヴェットの心はずっと震えていました。 リヴェットが小さな翼を広げると、まるでその翼で飛んでいるかのように、風を感じ取る事が出来ました。

 アトリアの記憶から、かつてフランベルと共に飛んだ空の情景が蘇りました。

「アトリアちゃん。これが、フランベルさんと一緒に飛んだ空だったんだね」

「はい.....あの時と、全く同じです....」

「とても綺麗....私、こんなに美しい空、初めて見たよ....それに、この翼で、本当に空を飛んでいるかのよう.....」

「リヴェット.....この空を、ずっとリヴェットに見せたかったんです」

「アトリアちゃん....ありがとう」

 二人は翼を大きく広げながら、青い星....NEBOが浮かぶ南側の空へ向けて、飛翔していきました。


 ―あれから暫くの間、リヴェットはNEBO-SYSTEMによる融合を解かないまま、目を閉じてERCの中でしゃがみこんでいました。 アトリアの心が、リヴェットに伝わってくるのがわかりました。 アトリアは途方も無く長い歳月、ずっと主達を.....特にフランベルを待ち続けていました。 その時間のブランクは、孤独、やがて寂しさという感情に置き換わっていきました。

 リヴェットに会った時のアトリアの喜びと感動が、彼女にとっていかに大きなものであったか。 あの日、部屋まで押しかけてきたアトリアの、居ても立ってもいられなかった心境が、リヴェットの心に流れ込んで来ました。 アトリアは内心、ソーラス人に対しての憧れを抱いていたのです。 アトリアはかつて、フランベルとNEBO-SYSTEMによる融合を通じて、その願望を満たしました。 そして今は、リヴェットとの融合によって、再びその喜びを心から感じ取っていました。 それはまるで、人が人を愛するのと同じ感情によく似た、暖かい心をリヴェットは感じました。 リヴェットはもう.....アトリアと離れ離れになりたくありませんでした。

「アトリアちゃん.....ねえ、暫くこのままでいても大丈夫?」

「....はい。もしリヴェットがよろしければ、ずっと....ずっと、このままでも.....」

 アトリアが優しく、そして嬉しそうにささやきました。 二人は心の中で、互いの名前を呼び合い続けました。


6. RSISのスパイ

 トラヴィスはシャーレック号艦載機のドッグで、出撃準備を進めていました。 ラドリー顧問官がやって来て言いました。

「中佐、本当に一人だけで大丈夫なのかね?」

 トラヴィスは背中越しに言いました。

「顧問官。ここから先はかつて、この星における大災厄の爆心地です。その正体と、身を守る方法を知る者しか立ち入る事が許されない.....最も危険で、そして最高機密のエリアです。ですがご安心下さい。たとえ"亡霊"に遭遇しても、私は決して屈する事はありません」

「分かっておる.....だがもし、あの連中が武装していたら危険ではないかね」

「顧問官。ご心配には及びません。それとも、私ではご不満ですか?」

「いや失礼した」

 トラヴィスは振り返って言いました。

「ラドリー顧問官。私が出発した後、ライラ・リーデル大尉を拘束して下さい」

「.....彼女を?一体何故だね?」

 顧問官は驚いた表情で訊きました。

「彼女はルシーア号との通信の最後に、暗号化された短いテキストメッセージを送っています。 あれはECR同士の通信に使われるものです。彼女がルシーア号の妖精と密かにコンタクトを取った事は確かだ。 それ以前に、彼女は恐らくサイボーグ兵ではありません。 シャーレック号の乗組員としてのチューニングを受けていないという事は、彼女には”別行動”が出来るという事です。 彼女は.....RSISが送り込んだスパイの可能性があります」

「......もしそれが本当ならば、大変な事だ」



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